こちらはより詳細なプロフィールです。

特に初対面のお客さまには安心してご利用いただけるよう、現在に至るまでの歩みについて書いてみたいと思います。

長文ですのと、お見苦しい所が少なくないかもしれません。
が、参考にしていただけましたら幸いです。

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23歳で、念願だった撮影のヘアメークアップアーティストの世界に入りまして、プロの先生についたのち、フリーランスのヘア&メークアップアーティストになりました。 それから約13年間の間、さまざまな撮影に参加させていただきました。 以下、自分がメークを担当させていただいた作品の一部です。


【TVコマーシャル】
セコム(長嶋茂雄さん、小谷実可子さん)、ユンケル(タモリさん)、キッコーマン(明石家さんまさん)、NEC、JT(日本たばこ)他

【広告関連】
ファッションブランドのカタログ、通販カタログ、商品パンフレット、ポスター(多数)

【ドラマ】
テレビ朝日系 2時間ドラマいろいろ(夏木マリさん、香川照之さん他)、子供向け特撮番組(黒田福美さん他)

【雑誌】
日経ウーマン、家庭画報(野村万作、萬斎さん親子)、CanCam、ViVi、少年チャンピオン(表紙・グラビア。小島聖さん、かとうれいこさん、三井ゆりさん他 担当)、週刊大衆(表紙、特集)、スコラ(浜崎あゆみさん)他

【その他】
レコード大賞、ディナーショー(中尾ミエさん、加山雄三さん)、PV、選挙用ポスター(自民党の石原伸晃氏)、他(島田紳助さん、所ジョージさん、ピーターさん、大地真央さん他 タレントさんや女優さん、アイドル他)



その間、ひょんなことからアロマセラピーの存在を知り、興味を持ち始め、やがて国内初のアロマスクール「ハーバートハウス」に通い始めました。
その際、ちょうど日本初のアロマセラピー・アドバイザー認定試験が行われました。
私は二回目の試験を受け、認定をいただきました。

スクールでは、アロマの本場イギリスへと留学し、そこで取得したスキルや資格を生かして活躍されていたアロマセラピストの先生と出会います。 そして自分もアロマ留学をすると決め、2年かけて準備し、36歳でメークの現場を引退、渡英しました。

留学生活は合計約3年に及び、最初の2年半の滞在中には、美容・アロマセラピー・リフレクソロジー他、様々な代替療法の勉強と資格取得(英国国家資格)をしてゆきました。

美容は CIBTAC(略語) と呼ばれる英国の国家資格で、ビューティーセラピストの認定資格を取りました。 この資格は当時世界で最難関といわれる美容資格であり、同時に資格を持つセラピストは同業者の憧れの的でもありました。

学校は朝9時から6時まで、週に5日、約9か月間、通いました(本当は6か月ほどのコースでしたが、引き続き、アロマの特別授業を受けてました)。 勉強は想像以上にハードでした。 試験験科目は10数科目、そのほかに脱毛、フェイシャル、ボディの技術を学びます。 学科の中には生理解剖学が含まれていましたが、これは現地の4年生の看護大学で学ぶものと同等レベルでした(当時の参考書や辞書はボロボロになりました)。 他には、週に2回、サロン実習もあり、実際の営業さながらに、一般の人たちにトリートメントをしていました。

とはいうものの、英語には悩まされました。 直前までいた語学学校では上級クラスにいたものの、ネィティブばかりの英語や環境、専門用語の洪水に右往左往してました。 国家試験が終わるまでの平均睡眠時間は2時間、週末もひたすら家で勉強し(ほぼ毎日テストがあったので)、最初の一か月で体重が10キロ落ちました。 ペンは3日に1本のペースで使い切るという、右手の指にはいまだにその時のペンダコが残っています。 途中でネィティブたちも何人か辞めていったほど過酷なコースでしたが、でもこの時にプロフェッショナルセラピストの誇りとspirit を身に着けられたように思います。

そんなこんなで受けた試験は無事合格。 またその際思いがけず Honour という称号をいただきました。 Honour とは、英国内の受験者の中で実技と理論の両方で上位の成績を収めた人にのみに贈られ、いただけるチャンスは初回の受験のみという、栄誉ある称号です。 まさかのことに、それまでの努力が一気に報われたような想いがいたしました。

美容学校の卒業後はアロマセラピーのスクールに通い始めます。 当時の校長は、イギリスにアロマセラピーを根付かせた誠意と努力の人、Shirley Price氏 でした。 ここでは Credit(アロマセラピストとしてのお墨付き、といったタイトル)をいただいて無事全コースを終えることができました。


ところで、アロマセラピーのスクールは不定期の受講でした。 1つのモジュール(コース)を朝から夕方まで5日間受け、その後、数件のケーススタディのレポートや課題の提出をし、合格したら次のモジュールへと進めます。 そうして4つのモジュールを受けて、最後に認定試験を受験でき、卒業、という仕組みでした。
また英国は民間療法(代替医療)の宝庫。 そこで、空いている時間を生かして、できるだけたくさんのスキルを学んでから帰国をしようと決めます。 その一つがリフレクソロジーでした。 お世話になったのは Bayly school of Reflexology です。
創立者のベイリーさんは英国に初めてリフレクソロジーを持ち込んだかたで、スクールも一番古くて歴史があり、また当時の校長の二コラ・ホール氏は、元医師だったことが選んだ理由です。二コラさんはウィンブルドンのテニス選手のケアも行っており、著書も数冊出版されてます。 幸運にも私は、コース修了まで二コラ本人から直接指導を受けることができました。


そしてその他に通ったのがインド式のヘッドマッサージ、別の先生のアロマセラピーの講座、そして異色なのが、The college of psychic studies です。 このスクールはスピリチュアリズムや超能力の研究やコースで、ヨーロッパ最高の権威あるスクールでした。 スプーン曲げのユリゲラーさん、そしてあの江原さんも在籍してらしたようです。 私はサイキック養成のためのベーシッククラスを兼ねた、瞑想コースに入りました。 長くなるので割愛しますが、自分の意志で入った(入れた)というよりも、ありえない偶然が重なって入れられてしまったという感じです。 まさかの展開に先生と二人で面白がってたんですが、この後も先生と気が合って深い話も聞けて楽しかったです。 そしてここで経験できたことが今でもとても役立っています。


その後、2年半ぶりに日本に帰国するのですが、その後不思議な偶然である本とその著者に出会い、すんなりと日本での翻訳の権利をいただくことができました。

それがこちらの本の原書です。 三名の共著ですが、主な著者は敬虔なクリスチャンであり、奥さまのシャーリーと共に長年アロマセラピーの研究や普及に貢献されてきた、レン・プライスさんです。

ひょんなことからご本人と直接お話をする機会があり、翻訳の話を持ち掛けた際、すぐに快諾してくださり、その後もご夫婦でサポートしてくださいました。 そして一年後、東京堂出版さんから出版していただきました。 また、その頃同時に、フレグランスジャーナル社から出ているアロマセラピーの専門誌(アロマトピア)に、数回にわたってアロマセラピー関連の記事を書かせていただきました。

その後、数か月ほど、ロンドンに戻ります。 滞在中、私のトリートメントの顧客だったイギリス人の友人がマルタ共和国のプリンセスと友達で、ぜひ専属セラピストにと私を推薦してくれました。 プリンセスとは電話でお話しさせていただいたのですが、ある理由からそのお話は丁重にお断りさせていただきました。 けれどこの出来事はそれまでのがんばりが認められた証しと、自分でも誇りに思います。

そうしてまたイギリスを離れ、日本に戻ります  (せわしないですね〜 苦笑)。
ちなみに、36歳で留学してここまでの時期が、カバラのバイオリズムでは、人生で最もパワフルな3年間 に当たっていました。 積極的に努力すれば、夢がかなったり、才能が開花しやすい時期。 良い出会いも多く、チャンスにも恵まれる時です。
活かせてよかったと心から思います。

帰国後、東京の笹塚でアロマとリフレの自宅サロンを開きました(と同時に、オーラソーマのレベル1を受け、生まれて初めて、数秘術の存在を知ります)。 が、実家の両親が体調を崩したり、マンションの隣に泥棒は入るわ、室内の電気系統や水回りが突然壊れて営業できなくなったりということが続きました。 そこで悩んだ挙句、サロンを閉じて富士の実家に戻ってきました。

そして地元で就活をするのですが、当時はすでに40歳。 それまでに得たスキルやキャリアを生かせる可能性はここでは皆無で、しかたなく、それとはかかわりのない業種のアルバイトをし始めます。 その半年後、父が他界し、さらにはその数か月後母が膝の手術に失敗し、足が不自由になり、しかも翌年には心不全の発作、心筋梗塞と続きます。 そうした状況の中、営業再開などありえないと、半ば絶望的な気持ちでおりました。

けれども、オーラソーマや数秘だけは続けなければと思いました。 なぜなら、数秘術に出会った年が、個人年運1だったからです。 数秘では1の年に出会ったこと、起きたことは、未来を変えるような宿命的な出会いとされています。 数秘術初心者の私は、それを素直に信じてみることにしました。 そこで趣味で公開していたHPを使い、メールセッションの募集を始めました。 練習が目的でしたので、無料でやらせてもらってました。

するとぽつぽつご依頼をいただくようになり、最終的には700件ほどのリーディングをさせていただきました。 あのセッションは情報が少なすぎて、当時の自分にはとてもハードルが高かったのですが、おかげさまで大変勉強になり、自信をつけることができました。 その他にも、色彩心理と数秘術関連の本(洋書も含め)を読み漁り、得た知識をノートにまとめ、ある日そのノートを重ねてみると、20センチ位の厚みになっていました。

そうした日々が3年ほど続いたある日のことです。
オーラソーマに興味をお持ちの地元の方が、ネットで私を見つけ、お会いすることに。 その時「静岡でオーラソーマをやっているのはケイさんだけでもったいないですよ」と強く勧められました。 「今だ!」って、稲妻のような直感がさーっと降りてきたのを今でもよく覚えています。 そうして背中を押してもらい、同居していた母にも頼みこんで、自宅での営業再開を果たします。 これが2004年で、数秘では個人年運が22の年でした。

そうしてまずはカラーと数秘のリーディングセッションから始め、続いて3年がかりで練習していたレイキのセッションもデビューし、伝授を開始します。 そのレイキは珍しかったせいか、有難いことに北海道から沖縄にかけ、全国から受けに来てくださいました。

その後、レイキの施術と伝授は中止させていただき、現在は個人セッション(対面、電話、スカイプ)と数秘術講座のレッスン(スカイプのみ)のみをさせていただいています。


Hearts in Harmony ケイ サトウ は、過去も現在も未来も、特定の宗教やいかなる思想的団体とも一切関わりはありません




以上になります。

長文をお読みいただき、お疲れさまでした。
ありがとうございました。

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