死後の世界について

はじめに

多くの人が、肉体の機能が停止した時点で「死ぬ(消滅する)」と考えてらっしゃると思います。
でもスピリチュアリズムでは、わたし達の本当の姿は霊魂であり、肉体が死を迎えるとそこから抜け出て、幽界(アストラル界)や霊界と呼ばれる異次元に向かい、そこで新しい生活を始めると考えてます。

臨死体験や心霊学の研究が進むにつれ、実際には「死んだらおしまい」、ではないことがわかりつつあります。

亡くなって悲しむのは、絶対的に残された人間たちのほうであって、亡くなって肉体という窮屈な服を脱ぎ捨てたかたたちは、実は現世にいる時よりも、よほど快適な生活が送れます。
それは、生老病死のストレスや悩みから解放されるからです。

まず、健康な"身体"を取り戻すだけではなく、生き生きと若返り、欲しい物はイメージするだけで何でも手に入るようになります。
一緒に生活する人たちはみな誠実で思いやりにあふれ、周囲を見渡すと、そこかしこがオーラで光っている美しい世界が広がっています。 亡くなったかたたちはそこで何不自由なく暮らし、また、先に往った大切な人たちやペットとも再会できます。
現世に肉体をもって生きている時よりも、よほど幸せに暮らせるんですね(ただし霊格によります)。

わたしには、残された人が悲しむ理由は、死後の世界への誤解や故人への後悔、何より、心の支えとしていた人を失ってしまった不安から来ているものように思えます。

ですから、残った人たちがいつまでも悲しんでると、その霊さんは「そうさせているのは自分」って罪の意識を抱え、だとしても何もしてあげられなくて、ただ黙ってみていなければいけない歯がゆさに苦しみます。
場合によってはそれに(つまりあなたを含めて現世や現世関連のことに)後ろ髪を引かれてしまい、あの世(霊界)に行けず、そのまま中間生(幽界)と呼ばれる次元で地縛霊になって一人孤独に彷徨い続ける羽目になります。
これはその霊にとって、地獄も同じです。

なので霊にとって、悲しんで(別れを惜しんで)くれるのはうれしい反面、それも度が過ぎると、ありがた大迷惑!!ということになります(笑)。
例えば「淋しいよ〜、私はこれからどうすればいいの?」なんて始終写真に話しかけたり、思い出すたびに泣いたり、お部屋も生前のままにしている、ですとか。

後で書きますが、死後の世界の知識がなかったために、死んだことが自覚できずに地縛霊となって苦しんでいる霊が少なくないです。
しかも自分でも気づかないうちに、生きてる人間に憑依し、トラブルを起こします(中には意識的にする霊も。でもそういう霊は生前もかなりの極悪人だったようです)。
(この点については憑依現象を研究されてた精神科医のウィックランド博士も著書の中で触れてらっしゃいます)

その場合は一刻も早く死んだことを自覚させてあげて(なので火葬は体がなくなるから良いそう)、光のある方に目を向けさせて霊界(天国、楽園)に行かせてあげた方が(成仏)、よほどの親切で思いやりというもの。
そうしていったん霊界にたどり着いたら、そこで少し休憩を入れてメンテナンスをしますが、その後はまた思い立ったらいつでもすぐにでも、こちらの世界に降りて来れます。
残された人にとっても亡くなったかたにとっても、そのような再会の仕方のほうがどれほど良いことでしょう。
しかも霊には人間にできないことができますので、愛する人を苦しみから解放したり、害から守ろうとしてくれます

ということで、わたしたちの本当の姿は、霊(意識体、エネルギー体)です。
さらには、魂はそもそも宇宙の営みや命の根源であり創造主であり、宇宙の摂理そのものである大霊(Great spirit)または神の一部。
つまり「誰もが神」ということになります。

ここで「霊」と「魂」って、どう違うの?という疑問が。
本来は同じものですが、意味合いが違うんですね。
(死ぬ前の)個人の名前や自覚があったり、当時の自我や個人意識がある魂を「霊」と呼びます。
が、魂には感情も(とくに直近の人格の)エゴもありません。


(追記)
子供を持たないご夫婦の多くは、死後、地球に転生しない(肉体生はもうしないか、あるいは宇宙のどこかの次元や星に転生するOR戻る)確率が高いように思われます。

子孫を残すということは、責任上、できるだけ"近くにいて"彼らの面倒を見なくてはならなくなりますし、逆にもしも子供がいなければ、何の未練もなく、地球次元よりも高い、つまり快適な次元へと生まれ変われるからです。

ちなみに、ある環境学の先生によれば、地球環境が破壊されず、食物連鎖が適切に行われるための適正人口は、たったの2000万人だそうです。
今の人数は明らかに多すぎるわけです。

少子化問題ですが、子供が減って困るのは、未来の子孫たちではなく、子孫(のお金や労力)を当てにしている大人たちではとわたしは思っています。
子供たちに頼らず、大人はできるだけ自分の身の回りのことは自力で賄えるよう、心がけるべきではないかと。
このままではそのツケを払わされる子供たちが気の毒な気がします。

いずれにしましても出産率が低下しても、日本国が消滅するほど、たとえば全国で子供が2,3人しかいないといった事態など到底ありえませんし、少子化時代に生まれた子供たちが老後を迎える頃にはもう今のようなゆがみはかなり解消されるだろうと思ってます。

もうひとつ、人口が多いことの弊害は、人の命の重みや存在価値が軽んじられやすい?ということです。
少なければ必然的に、お互いに助け合って生きるしかなくなりますから。

ということで、少子化にしても環境破壊にせよ、大いなる自然の摂理が地球にとっても人類にとっても無理がない適切なバランスにしようと働いている、そんな気がわたしはしてなりません。

子供に恵まれないことを悩まれてるご夫婦がいらっしゃいます。
でももしかしたら、それは生まれてくる前の、魂の計画通りなのかもしれませんよ^-^。

そしてそういうご夫婦の場合、今生の目標はもう二度と地球に転生しないことなのですが、それにはあえて自分たちの子供を持たない事の他に、生きてる間にどれほど社会貢献できるかですとか、霊性を高められるかということにエネルギーを注ぐ必要があります。
魂の波動を上げなくては、他の、しかもより高い次元に行けないから、です。
子供がいない代わりに、周りや社会に貢献することに時間とエネルギーを費やすことで魂磨きをする人生を、お二人共に選んで、生まれてきたのかもしれません。

だとしたら、子供の誕生に執着すればするほど、期待や希望は裏切られ、その分悲しみや苦しみが増える、ということになりかねません。
そしてそれは、生涯独身のみなさんも同じかもしれません。

子供や家族がいない分自由で身軽に生きられるのは、ご自分たちに合った方法で霊性を高めようという、生まれる前の目的や計画通りかもしれない、というお話でした。



死んだらどうなる?

肉体が死を迎えると、霊(魂)は物質的肉体から離れ、"自由"になります。

実際調べてみますと、この時の様子を「突然体が軽くなって解放された気分だった」とか、「窮屈さが消えた」「喜びや至福の感覚が沸き起こった」「温かくて心地良い感じがした」「(病気だった人は)突然痛みや苦しさが消えて体が楽になり、活力がみなぎった」という風に、霊たちが喜んでいる様子が伝えられています。

そうして肉体を離れた後、人も含めて現世への恨みや執着心がなく、"死んだこと"をすぐに自覚できれば、もっと理想は死んだら霊界に戻ることを知っていたら、地縛霊にならずに済みます。

臨終を迎えますと、突然頭上に不思議?(笑)な光が現れます。
そこに向かって(飛んで)行きますと、先に逝った親や家族、親しくしていた人たちが迎えに来てくれて、霊界へと導いてくれます(和風にいうと、三途の川を渡る)。
(ただここにスムーズに往けるかどうかは、生前どれほど霊格をあげられたかどうかで、一つ下の、より現世に近い界層(幽界)に行く場合もあるそうです)

霊界は、わたしたちが天国や楽園と呼んでいるところです。
一日中そこかしこが光(オーラの輝きです)に溢れ(でも太陽はない)、それはそれは美しい光景がどこまでも広がっている、夢のような世界なのだそうです。
そして霊界に行けたら、そこで何不自由のな暮らし、新たな"人生"が始まります。

到着すると始めに、"身体"のメンテナンスをかけて、ゆっくり休養するそうです。
と同時に、先輩たちからいろんなレクチャーを受けるのだそうです。
そしてそこで生活し続けたあと、また転生したくなったら、次の輪廻転生の準備もします。
良く良く調べてみると、転生、すなわち肉体を持って生まれ変わるかどうかは魂が自発的に決められることで、強制ではないようです。

ところで、コナンドイルはスピリチュアリズムの研究家としても知られていますが、彼は霊が肉体を離れて向かう先の「死後の世界」について、こんな風に語っています。

下から順に幽界、霊界、神界、超越界の4界層があり、それぞれの階層はさらにいくつかの界層に分かれる。
まず幽界は、肉体を持って生活する場が地球、その次が地球での生活に未練や執着を持って彷徨う地縛霊がいる次元、そしてその上に天国と呼ばれる次元があって、この天国で第二の死を迎えると霊界に移動する。
霊界には下から順に、知的理解の世界、直覚的悟りの世界、形体なき存在(神界に行く)への準備をする世界があり、そして神界、さらに超越界がある。



ちなみに、日本では幽界、霊界、神界の3つで分けて考えるのが一般的なようです。

コナン・ドイルが死後、霊媒を通じて送ってきた情報を近藤千雄さんが図式化したもの ⇒ こちら


幽界は地縛霊の他に、肉体を持って生活してた時と同じような精神性、感情、欲望を持っている、霊性が未熟な(もしくは波動が低い)霊たちがいます。
肉体がないだけで、執着や欲、恨み、嫉妬といった負の感情が強く、なのでより「人間臭さが残る」霊たちです。

次に霊界は幽界の霊たちよりも、より成熟し、純心で、理性や品格の高い霊たちがいる次元です。
(幽界の住人と比べて)、より宇宙の摂理や真理に目覚めていて、欲や自我も少なくなっています(とはいえ、ここも霊格の幅が広く、底辺と最上とではレベルに差があります)
そしてさらに霊界の上には、宇宙の摂理や営みのルールを作ったり遂行させる司令部みたいな神界があります。

わたしは、現世で自我のコントロールができ、学びも終えていたら、つまり悟りや気づきの知恵を得て"賢くなれればなれるほど"、霊界をジャンプして神界に行けると思っています。
生前、賢者とかマスターとか呼ばれた人たちですね。
もしくはマザーテレサのように、誠心誠意尽くして、多大な社会貢献をされた人ですとか。

そのような霊格の高い霊たちは、霊界を通り越して直接この神界にやってきて、しばらくして準備が整ったら、地上の人間たちや霊界にいる霊たちのための指導霊や守護霊となります(高級霊)。
(英語のガーディアンエンジェルと呼ばれる霊は、日本の「守護霊」に当たります。つまり天使は霊(仏陀や菩薩)なんです。天使が昇格して大天使(如来)になり、やがて神となる(一体化する?)とわたしは考えてます)

そして神界に来た霊たちは、よほど霊格が落ちない限り、もう地上に転生しないように思います。
(高級霊といえども怠けず奢らず、せっせと精進し続けないと波動が落ちて、その界(周波数)にいられなくなり(馴染めなくなり)、下の界層に"落第する"こともあるのだそうです。堕天使というのがこれかな?と)

ということで、肉体を離れた後、どの界層に向かいそこで生活できるかどうかは、今生の修行の成果次第で決まります。
どれほど良い暮らしをしたくても(笑)、自分では選べないんです。
霊格、すなわち自分の精神や意識の波長(振動エネルギー、波動。周波数)で決まってしまうんですね。
そもそも魂は意識(精神、無意識)のエネルギーでできていて、エネルギーが純粋で高ければ高いほど行ける次元レベルも高くなり、なので好むと好まざると磁石のように自分の波長と同じ波長を持つ次元に引っ張られます(共振)。


ちなみに私たちは最も波動が低い物質的肉体、次に波動が高い肉体の鋳型と言われ肉体の機能や健康を司るエーテル体、感情エネルギー層であるアストラル体(感情体)、精神エネルギー層であるメンタル体(精神体)の4つの身体から成り立っています。

オーラの色はこれらエネルギー体に現れる色で、その時その時の心身の状態が色光になって現れたものです(思考や感情はエネルギーです)。
つまりオーラを見るということは、霊体の一部を見ていることと同じということになります。

ところで睡眠中、わたしたちのエーテル体は、肉体から出て、さまざまな体験をします(体外離脱、幽体離脱)。
霊界の下にあり、肉体のある物質界との間にある幽界(中間生の次元)へと行って、そこで霊たちに会って話しあったりレクチャーを受けることも多いです。
ですが、目が覚めた時には思い出せないようになっています(深層意識にはインプットされていますが)
ただ、夢として、覚えていることもあります

体外離脱しても(肉体が)死なないのは、エーテル体(に包まれた魂というのがもっと正解と思います)と物質的肉体がシルバーコードと呼ばれる「へその緒」で結ばれているせいです。
そのおかげで自律神経系統が働き続け、肉体は自動的に呼吸したり心臓も動くので、"生き続ける"ことができるのだそうです。
そして死(臨終)を迎えた時、自分の守護霊がシルバーコードを切り離すのだそうです。

シルバーコードは精神の緊張度によって長さが伸び縮みするそうで、くつろいでいる時は柔らかくて良く伸びるため負担が少なく、なので肉体はぐっすりと熟睡できます。
逆にストレスや悩み事があると固くなって伸びづらくなってしまい、するとエーテル体は肉体から離れにくくなり、そのせいで眠りも浅くなってしまうようです。

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